デカイ頭の宮本武蔵!『勝ち運を呼ぶ武蔵像』
2015年06月22日

宮本武蔵が晩年を過ごした熊本県。
岩戸の里公園近くには武蔵が五輪の書を著した霊巌洞・雲巌禅寺がありますが、他にもちょっとビックリ大きな勝ち運を呼ぶ宮本武蔵像もありますよ。

頭がデカくて眼光鋭い武蔵像。

武蔵塚の宮本武蔵像とはドえらい違いやなぁ〜。
険しい顔が熊本県山鹿の日輪寺・おびんずる様像の顔にも似てなくもないかなぁ〜。
■勝ち運を呼ぶ武蔵像
■熊本県熊本市松尾町平山589
■岩戸の里公園駐車場前
■拝観無料、駐車場有
〜像の碑文説明 〜
剣聖・宮本武蔵は天正12年(1584年)3月岡山県英田郡大原町宮本に於いて、父、新免無二斎、母お正の次男として生まれた。
武蔵は13歳の時播州平福で新刀流、有馬喜兵衛との戦いに打ち勝って以後諸国を巡って剣の道一筋に練磨しその間、京都一乗寺下り松での吉岡一門との戦いをはじめ29歳で九州船島(巌流島)に於いて佐々木小次郎と決闘し、六十余度の勝負に一度も負けることはなった。
それ以後は、天下を周遊し50歳にして兵法を究め57歳で肥後藩主、細川忠利公の知遇を得、客分として熊本に招かれた。
寛永20年(1643年)武蔵は生まれ故郷の岡山県宮本村(現在、大原町)に風景が良く似た金峰山麓、岩殿山霊巖洞に籠もり五輪書、兵道鏡、独行道を書き上げ又、書、絵、彫刻、当にも「二天」と称し優れた数多くの作品を遺して天保2年(1645年)5月19日、熊本の千葉城址で62歳の生涯を閉じた。
平成15年NHK大河ドラマ「武蔵MUSASHI」の放映記念とテレビ放送開始50周年に感謝して地元熊本市ではこの地に「勝ち運を呼ぶ武蔵」として、座禅像を計画、武蔵の生誕地岡山県大原町と晩年を過ごした、熊本城に向けて建立するものであります。
武蔵は六十余度の勝負に勝ち続けたのは勝ちたいと言う執念と綿密な計画、用意周到に実践した結果とされています。
戦後、我が国の復興に大きな影響をもたらしたのも矢張り日本国民に武士道の精神があったからと言われています。
現在の社会に失われつつある道徳心、自立心、強い精神力を武蔵に肖り、自己研磨し、霊巌洞に籠もり、したためた五輪書を紐解き、その極意を現代社会未来へと継承して行き、この武蔵像が人々に勝ち運を与えることを願ってここに武蔵の座禅像を建立するものであります。
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